2008-04-14

阪本“GAN”章史インタビュー/ブートレグ



 先の週末は<Rin Project>の山田さんと2人、『東海道中輪栗毛』(とうかいどうちゅう・Rinくりげ)なるプロジェクトをついにスタート。お江戸日本橋から走り始め、箱根の山を越えて静岡にたどり着いたところで、第一部を終えました。名付けて『感動の関東脱出篇』。感動的でした。この模様はそのうちどっかに書こうと思っているので、乞うご期待。第二部となる『怒濤の静岡横断篇(仮題)』は、ゴールデンウィーク後ぐらいに実行予定。

 その前の週末は、スポーツグッズメーカー<Nike>のお手伝いをしておりました。《Nike 6.0》というアクションスポーツ用に開発されたシューズがあり、これを履くBMX&MTBライダーが飛ぶエアーショウ『Nike 6.0 Ramp Gig '08』というイベントが、いわゆる春の音楽フェスティバル『Punk Spring』と同時開催されていたのです。このRamp Gigの細かなコピー執筆をお手伝いする中で、Nike 6.0が全力でサポートするBMXレーサー、GANこと阪本章史のインタビューを執筆しました。

 本チャンの文章は、公式ウェブに掲載され、またシューズショップ《ABCマート》で配布されているNike 6.0の冊子にも掲載されているので、そこで必ずご確認ください。

 で、インタビューの時、GANはいろんなことを話してくれました。本チャンでは書ききれず、でもこぼれたままにしておくのはもったいないと思った言葉もたくさんありました。そこで、ブートレグとしてGANのインタビューを、つい書きました。Nikeを始めとする関係者各位からも了承いただけましたので、Nike 6.0 ライダー 阪本GAN章史のインタビュー/ブートレグ版を、ここに掲載します。

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阪本 "GAN" 章史
Team: UN AUTHORIZED / NIKE
1982年生まれ。大阪出身。8才でBMXコースを普通の自転車で走り始め、1年後に念願のBMXを手に入れる。その後日本のトップレーサーとして数々の優勝と実績を積み重ねる。2006年、アメリカBMXのトップクラス、ABA/AA Pro(ダブルエープロ)レーサーに昇格、現在はABAレースを中心に戦い続ける。一番好きなワザは360。だがケガを懸念し、ここ数年は封印しているとか。

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阪本『GAN』章史です。BMXのAA Pro(ダブルエー・プロ)レーサーです。AA Proとは、アメリカのBMXレース団体、ABAの最高クラスです。

AA Proになりたいと思ったのは、中学1年の時。オクラホマ州であった『グランドナショナル』というレースで、初めてAA Proの走りを見ました。みんな尋常じゃないぐらいうまくて、速くて、かっこ良くて。自分も必ずAA Proになりたいと、そのとき心に誓いました。

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18才でプロBMXレーサーになりました。日本ではトップレーサーと呼ばれるようになりましたが、いつも心には、アメリカで上位を走りたいということしかありませんでした。トレーニングを重ね自信も年々増してくると『もうAA Proにあがらなければいけない』という気持ちばかりが高まってしまい、2006年、絶対にAA Proになると決めて、ABAレースの転戦を始めました。

AA Proに上がるためには、年間で3000ドルの賞金を稼ぐのが条件です。最初3月のレースでは少しながらも手応えを感じ、5月に出たレースでは、なかなか速いレーサーがそろっていたのに、優勝できたんですね。そのときは調子もよく、2日間で一気に賞金1500ドルくらい稼ぎました。これは行けるぞ、と思いました。

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ところが夏にケガをしました。一旦日本に帰って療養したりもしましたが、調子は伸び悩む一方。そんななか、活動資金も底をついてきた。もう無理か、今年はあきらめよう、と思ったとき、友だちからの助けが舞い込んだ。

AA Proになることを一番応援してくれた友人が中心になって、寄付を集めてくれていたんです。集まったのは、あと一戦だけ出られるぐらいの金額でした。でもその寄付のおかげで出れた次のレースでは2位と4位を獲得。賞金も稼ぎ、次の最終戦に望みを託せることになりました。残すところ、400ドル。

最終戦の初日。これが最後のチャンスなのに、心はとても穏やかでした。「これで最後かー」ぐらいの感じで。そのためか順調に勝ち進み、準決勝にきた。
でもここでむちゃくちゃ緊張してきたんです。「これで失敗したら、これまでが全部無駄になるな」って。いま考えると全然無駄じゃないんですけど、そのときは、全てが終わりだと思った。

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もともと緊張しがちなんです。どんなレースでも心拍はドンドンとうるさいぐらいに上がるので、それを抑えるために必ずピアノ曲『Close to you』を聴いて、気持ちを落ち着けるほどです。その準決勝でもとつぜん心拍がうるさくなってきて、やっぱりスタートをミスる。もうその先は覚えてないですけど、それでも準決勝を勝ち上がった。そうなると緊張もほぐれて、決勝では4位になりました。

オレはゴールした瞬間、AA Proになりました。偶然なのか運命なのか、AA Proになったのは、中学1年の時に誓いを立てたオクラホマ、同じコースの同じレースでした。むちゃむちゃホッとしました。それまで、ずっと夜は寝れなかったんですけど、この日ばかりは泥のように爆睡できました。

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最終戦の2日目。おれはAA Proとして初めてのレースを走りました。一番最後に走る最高クラス、AA Proは、一番最後に並びます。前には、昨日まで自分がいたクラスのレーサーが並んでて、自分の後ろには誰もいない。それだけで、全然景色が違うんです。

今のオレには、世界トップになれるぐらいの飛び抜けたものは、まだ何もありません。ただ自分の納得するトレーニングを重ね、自分の理想である『先行逃げ切り』で勝てるよう、自信を高めていくだけです。

今年5月には、世界選手権が待っています。ここで、上位をとらないと、8月の北京、オリンピックという大舞台への出場枠さえ、日本にはありません。でも今のオレにできるのは、世界戦に集中すること。そしてその後のことはその時のこと。オレにとって北京というのは一つの通過点であり、そこで全てが終わるというわけではないんです。

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以上です。



 Nike 6.0は、こんな靴です。箱根の山越えでももちろん履いてましたが、難所『女ころばし坂』でもひき足がきちんと使えたぐらい、ペダルに喰いつきのいいソールでした。箱根の坂は、かかとで踏みこむのがいいんだぜ。