2008-03-03

バックサイド


(文中一部訂正しました。大変失礼しました)

 イーブル・ニーブルという伝説的なオートバイ・ロングジャンパーがいた。
 バス、並んだクルマやグランドキャニオンなど、いろんなものをオートバイで飛び越し続けた人生を送った彼が、確か言ったと記憶しているのだが、ここで重要なのは、誰が言ったかではなく、何を言ったかである。

『飛び出すだけなら簡単だ。
 問題は、着地しようとするところから始まる』

 ジャンプから安全に着地するためには、『バックサイド』と呼ばれる着地面が必要となる。テキストで説明するとこんな感じ。

 バックサイドのないジャンプ

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 フロントサイド(いわゆるジャンプ面)から飛び出したライダーは、平らな地面へと落ちる。重力、慣性などすべての力は、着地するライダーへ凄まじい力となってのしかかる。一般にこれを『フラット落ち』と言い、よほど運がよくない限りライダーはケガをする。
 
 バックサイドのあるジャンプ

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 一方、着地面=バックサイドのあるジャンプは、その着地時の凄まじい力が、下り斜面を滑り降りることによって前方向への力へと変換される。ライダーが前に進む限り、着地時の衝撃はライダーにはほとんど伝わらない。そのため、大きなジャンプ、大きな放物線を描いても、ライダーに伝わる着地の衝撃を0にすることも可能となる。

 飛んだまま、生きて還らないつもりならまさに簡単。しかし、生き続けることとは、我々の生きる目的そのものである。
 来世へ飛び出していこうとするあなたを、現世に引き戻してくれるのがバックサイド、着地面なのである。すなわち、ジャンプの本質は、飛び面ではなく着地面にある。飛び面ばかりを気にするのは、よっぽどのプロか、あるいはズブの死ロートだ。

 自転車ライドにおけるバックサイドという概念が、初めて日本に入ってきたのは1986年。カリフォルニアに移住した自転車通・下村タクミ氏が、当時世田谷にあったプロショップに送りつけてきた数通の手紙レポートがそれだ。

『バックサイドがないジャンプはもはやジャンプではない』という、昔から相変わらずのロジカルでラディカルな最新情報は、その店に出入りしていたBMXライダーたちに衝撃を与える。

 が、当時の『常識』は飛び面だけのジャンプ。情報は頭にはあるものの、バックサイドを体感したことのない彼らは、やはり飛び面をつくり飛び出すことだけに専念していた。その『常識』が過去のものとなるまでには、もう少し時間が必要だった。

 今や日本におけるBMXレジェンドとして賞賛される、通称サルくんというライダーがいる。1988年、彼がその下村氏の情報をもとに、アメリカのジャンプトレール(ジャンプのみを目的としたジャンプの遊び場だ)をめぐり、バックサイドという概念を頭だけでなくカラダでとらえてきた。帰国したサルくんは同年12月、友人であるオオタキくんとタコスと共に、世田谷某所の有名な公園のなかに、日本初となるバックサイドのあるジャンプトレールを掘り始める。

 それが今ある自転車のダートジャンプ文化の幕開けだ。もちろんその日本初のジャンプトレールは、有名公園の中にあったためすぐに撤去されたが、その後、河原という都心でも比較的大きな空き地(放地)を点々とし、少しづつバックサイドという概念を日本に広めていく。そしてダートジャンプトレールは、今の形へと進化していった。



 その頃から今に至るまで、BMXというより自転車でのダートジャンプの最新の情報を、そして図太い真実のみを追究している男がいる。サルくんと共に日本史上初のダートジャンプトレールを掘り作ったタコスである。始めはBMXレーサーとして、後にBMXジャーナリストとして、同人誌や自転車専門誌やオートバイ専門誌などの媒体を通して彼のつかんだBMXやダートジャンプの最新の真実を伝え続けてきた。

 現在の彼は、彼の人生とカラダと魂を費やし、彼のホームトレールを『これから必要とされる』方向へと、育て続けている。それは『おれうまく飛べるから、こんなのでも飛べるぜー』という自己顕示のための、難しいものではない。

 BMXに30年を費やしてきた、齢44マグナム才のBMXバカ一代がいまだに萎えることなく掘り起こすのは、これから自分たちオサーンが無駄なケガをせず、そしてそこにくる未来ある子供たちにも無駄なケガをさせることもない、ダートジャンプトレール。

 彼は言う。
「十分な幅を持たせ、均一になめらかに仕上げ、
 進入スピードに見合ったR、
 それに適した位置にバックサイドを配置するなどで、
 無駄なリスクを減らせる。
 
 また日本人は勤勉な人が多いからか、
 タイトで忙しくシビアなセットのところが多く見受けられる。
 リカバリー可能なゆとりのあるものでいいのでは? と思う。
 そうすれば、リスクは大きく減る。
 オレはそれを『ゆとり教育』と呼んでる」

 雑誌やビデオに見る表面的な結果ではなく、それを育てた背景、つまり真実とはなんなのか。それをジャンプを愛する全ての人々に知ってもらいたい、カラダで知ってもらいたい。
 タコスはそれを夢見て、千葉県某所のホームトレールでスコップを握る。
 理想のトレールを具現化するため、粘土質で硬い土を少しづつ掘り続けている。



 彼の言う『これからあるべきトレールの方向性』を知りたい方は、ぜひ彼にコンタクトを取って、彼のホームトレールに足を運んでもらいたい。ちょっと意固地で頑固でメンドクサくはあるが、しかし彼の持つ言葉は、BMX、とくにダートジャンプに関してはその大体が真実である。知っている人は知っている。もし知らないのであれば、それはただ、まだ知らない、というだけの話だ。1986年当時となんら変わることはないし、恥じることもない。

 日本におけるダートジャンプの歴史の生き証人である彼の言葉が信じられない限り、これからのダートジャンプには未来はない。
 それが言い過ぎなら。
 無駄なケガをして仕事や人生を変えさせられたりすることは、少なくともボクがダートジャンプを楽しんでいく人生設計の中には、これ以上必要のないことだと考えている。