2008-10-26

関戸橋自転車フリーマーケット


 東京都近郊、関戸橋で毎年2回行われている自転車フリーマーケットに行ってみた。

 このフリーマーケット、昨今のおしゃれ自転車ブームのおかげで、世間の注目を集めている。我々自転車乗りは、いろんな理由をつけては、いろんなパーツをとっかえひっかえするカルマを背負っているため、さらなるとっかえひっかえの理由(それはそれは合理的な経済面の理由)が見つからないものかと、そんな期待を胸に、いそいそと出かける。


 もちろん、おなじみの輪行である。今回はちょっと趣向を変え、リアホイールを付けたまま輪行袋にいれ、縦置きにしてみた。後輪が袋内で固定されるので、どこかに立てかけておけば安定する。この方が横置きよりも、Mr.パンダソニックがちょうど目の高さあたりに来て、目立ちはするものの、世間の無理解を避けられるのがわかった。

 15年ほど前の山手線のなか、一生懸命(=テキトーに)バイトして貯めた30万円で買った<ペゼンティ>のマウンテンバイクが入った輪行袋をわざと蹴飛ばすサラリーマンと、つい大げんか(しかも最後は英語で罵った)したことがあった。しかし、今や齢アラウンド40なので、もうそういうのはカンベンである。輪行は平和にしようぜピース。正しいことを正しいと主張し戦うのは、仕事のときと、愛するなにかを守るときだけにしようと決めたのだ。そういった意味では、このけんかも間違ってなかったと言えばないのだが、頭を使って、なるだけ避けていたいものである。


 で、関戸橋についた。結果から言うと、あまり居心地がよくない。というのも、もともとこのフリーマーケット、世界自転車マーケットから見捨てられた旅自転車『ランドナー』を心から愛する人々が、「もう手に入らないパーツ群を、仲間うちで交換し合おうよ」というところから始まっている。その同好の志の中に、なんだか「流行り」や「安く買える」的な邪念を持って入り込んでいるような気になってきたのである。

『自転車とは、自由になるための翼でしかない』と考える、自転車そのものやパーツに対するフェティズムのない生涯ライダー・バカ人間パンダソニックは、自転車には、自分と自由とをつなぐインターフェースとしての機能しか求めていない。かといって新しい機能こそいいというわけでもなく、例えば壊れたら取り替えるしかない最新パーツよりも、ペンチ1本、力ずくで直せるオールドパーツの方が、旅の途中では自由にいられる、という視点である。


 話はそれた。このフリーマーケット、午前10時頃に到着したという時点で失敗だった。本来なら午前7時には会場入りし、開店直後、あるいはモノを並べている時点から駆け足で駆け巡り、鋭い目で欲しいものを見つけ、迷わず買う、というのが、しかるべき参加方法なのだそう。2、3年前までは昼にもなると、すっかりみんな帰り支度をしていたものらしいが、近年、ボクのような素人むけに、ゆっくり商品を販売しているところも増えているようだ。

 そんな素人視点で、ちょっと面白かったものを紹介。



 オールド・カンパニョーロがたくさん売っていた。たくさん売ってたってことは、あまり買う人がいなかったってことでもあるのか。昔、カンパのベアリングは、とにかく回りが鋭くて、なんて話を聞いたし実際に見てもいるのだが、まあそれはそれ、カンパ・ブランド力未だ健在ってことだろう。そのへんはマニア筋が怖いので、よくわかんない素人は話も早々に。ただ手前のリアハブは、見た目かっこいい。


なんだっけ、このディレーラー。昔見たことあるような。今作っても、かわいいので売れるかも。



初代デュラエース。価格149,000円。金色のスプロケットがファンキーだ。この時代から、デュラはすでに7段変速である。


手作り、トウ・クリップ用皮カバー。


作っていたのは、漕ぐマガジンに執筆してる人。次号ぐらいから、日本語の簡潔な訳も載せていく予定だそう。


旧友、荒井さんは、いま絹自転車製作所ことシルクサイクルズのビルダー。


ちょっとおもしろい裏話がある、荒井さんの作った折りたたみ700Cモデル。この話、どっかで書かせてくれないかなあ。


HBさん。念のため説明しとくと、1990年に世界初のダウンヒルチャンピオンになった、オモシロ兄さんグレッグ・ヘルボルトさん(通称HB)そのまんまの衣装をきたお兄さん。シブいのは、シマノ初のSPDシューズをきちんと履いているところ。じゃあ1990年当時のマウンテンバイク界は、こういうのがかっこ良かったのかというと以下略。


先日、フィンランドのショップで『旧東ドイツの自転車倉庫から拾ってきた新品ジャージだ』と言われて買ったジャージを着るパンダソニック(左)と、どこかのフリーマーケットで買ったジャージを着たお友達(右)。もうなくなってしまった国のジャージが、こんな遠くの東洋の小さな国で再会するなんて。と感動したので記念写真。我々人生の旅人ならではの、ちょっと心温まる出来事。