2ヶ月にわたった、自転車クエスト2/マウンテンバイク式生活も、実はとっくに終わっている。いまは、行き交う人々に「ウィスラーのあれが楽しかった、これがびっくりした」みたいなことを口頭で伝えまくっている。こんど行き交う機会があったら、あなたにもぜひ。
しかし、2ヶ月間のウィスラー生活は、ちと長かった。乗る以外に何もしてない自分が、だんだん切なくなってくるのだ。働き盛りの中年である我々が、乗れるときに乗る、を遂行するのであれば、適正期間は、最長で3週間。これだけいれば、一生分とまではいかないまでも、今後7〜8年分は楽しめるし、乗り方もうまくなったと感じるのではと思う。
それに、社会から離れていられるのも、たぶんそれぐらいが限度だ。パンダソニック、いくら定職がないとはいえ2ヶ月間、正確にはその前のアメリカ+フィンランドを含めるとすっかり3ヶ月間、社会から離れていると、なかなか復帰は難しい。
文章を書いて送って食ってると思われがちなパンダソニックだが、そんなの賞とか取ってる文筆先生か、ほんとに文が面白い人でない限り無理無理。ボクのようなポンコツライターが書くためには、書くための紙つまりは場所をゲッツ!しないといけないのだ。地道な営業こそ大切。行きたいところへマウンテンバイクと一緒に行って(乗って行く、ではないのがポイント)、行く先々で珍しがられて事件を引き起こしてはそれを書くというデタラメな物書きパンダソニックには、書く場所を確保するのが、なかなか大変なんである。
が、そんなことになっても、ウィスラーに行ってよかったと思っている。なにがよかったって、メーカーが打ち出しているマウンテンバイクのラインアップが、いったい何のために作られているのか、を、身体で感じられたことだ。
ウィスラーには、マウンテンバイクで走りたいトレールが、たくさんある。舗装路から、50個連続ジャンプのダウンヒルコース、さらにスケートパークまである。マウンテンバイクに乗る上で考えられるコース状況が、全部あると言っても過言ではない。
たとえばキャノンデールの09モデルラインアップを見てみよう。これだけマウンテンバイクが売れないとされてるこのご時世なのに、5種類もの車種(さらにそれぞれの車種別に、3〜4タイプの価格帯)がそろっている。下に並べてみよう。名称の後ろにあるのは、そのモデルが得意とする乗り場所だ。
ダウンヒルマシン(ダウンヒルパーク)
オールマウンテン(パーク&過激なトレール)
トレール用フルサス(中級者用トレール)
ハードテイル(長距離系山越えライド)
スロープスタイル用(スケートパーク)
これだけあれば、ウィスラー内はどこでも快適に乗れる。確かに一台で全部行けないことはないのだが、状況にあわせて快適に安全に乗るためには、これだけの車種があってもおかしくないのだ。今は絞りたいはずのマウンテンバイクのラインアップなのに、ウィスラーを走ると、やっぱあってて欲しいよな、って身体で思えるのである。メーカーの思うつぼとも言える。
もう一つある。
マウンテンバイクは、うまくなるスポーツだ。乗るたびに、昨日よりも上手になる。上れなかったトレールを足を付かずに上れるようになり、下れなかったセクションが下れるようになる。飛べなかったジャンプを飛べるようになり、できなかった技が決められるようになる。
我々マウンテンバイカーの乗る技術は、乗るたびに確実に向上する。いくら上手になっても、さらにその上がいるのが恐ろしく、嬉しい。どんなトッププロでも、乗るたびにうまくなっているという。ブランクが空いて、勘が鈍ることはあっても、下手になることは絶対にない。
一度乗って下ってしまった崖は(ウィスラーのトレールで言えば『ライド・ドント・スライド』)、もう二度と、乗らずに降りるわけには行かない。そのためには、魔が差してブッコロンで、ボクみたいに治らないとされている膝の前十字靭帯を損傷することのないように、フトコロの深いサスフォークが必要となるわけだ。
走り方がうまくなって自分が進化すると、今度は機材が自分について来れなくなる。一時は、機材として行き着くところにまで行き着いたと思われたマウンテンバイクの機材。しかしそれでもいまだに着実に進化を続けているのは、10年前、いや5年前にすら考えられなかったトレールや路面、走り方、遊び方を、乗るたびにうまくなる我々マウンテンバイカーが、編み出してしまっているからだ。
マウンテンバイクは壊れるのではない。我々が壊しているのだ。マウンテンバイク機材は進化しているのではない。我々の進化に、ただ一生懸命に、ついてこようとしているだけなのだ。こんなに技術革新が進んだ世の中で、いまだに機材が、遊び手の進化についてきてないスポーツは、ボクは他に出会ったことがない。
マウンテンバイクが自転車ではない本当の理由とは、実はこういうことだった。
ただ、誤解ないように付け加えるが、うまくなることが、重要なのではない。うまくなって、できなかったことができるようになって楽しくなる。この、楽しい、というのが大切なのだ。
うまいとかへたとか速いとか遅いとか重いとか軽いとか高いとか安いとかイイとか悪いとか難しいとかカンタンとかは、ただそこに転がっている事実である。その事実を、どう我々が受け止め、『楽しい』という判断基準に置き換えられるか、が重要なのである。『これ』に乗って、『ここ』を走って、『これ』とか『ここ』は、どれだけ自分を『楽しく』してくれているのか。それこそが、絶対的な価値観の基準となるべきものなのではないだろうか。(*注1)
ウィスラーでの2ヶ月、まわりが若い人たちだらけで切なくなって、仕事もなくなって、それでも、これがわかったのが、このマウンテンバイク式生活で得た、一番の成果だ。15年以上マウンテンバイクのことを見つめてきたのに、やっと、ようやく、わかった。ウィスラーに行って、本当に良かったと思っている。
そして、怪我をしないことだけを誓って、2ヶ月を過ごした。おかげで、滞在中最終日までは1度しか大きく転ばなかったのだが、なぜだろう、最終日にはとにかくコケまくった。10回ぐらいコケた。
一番ひどかったのは、リフト乗り場から丸見えの、デュアルコースでのコケだ。リフト待ちする人たちの暇つぶし見学ポイントでもあるこの巨大なジャンプ、そのまま飛べば飛べるのに、練習を重ねて自信がついてたはずなのに、今でも不思議だがバランスを崩してブッコケ、頭を大きく打った。ありがたいことに怪我はなかったが、カブキあげたフルフェイスのペイントが損傷した。
一度コケたヘルメットは、二度と使わないでくれとメーカーは声を荒げるものだ。このヘルメットは、もう使えないのだろうか。足掛け10年という期間をかけて、こいつをカブキあげてくれた、倉科昌高さんこと『ビッグブラザー・オルマイティ!』(*注2)には大変申し訳ないが、ウィスラーでも行き交う人が必ず褒めてくれ、大変目立ったこいつの寿命は、マウンテンバイク式生活、最後の最後のラストランで尽きてしまったかもしれない。
ウィスラーでの、パンダソニックの顔代わりとなったヘルメットの使用期限と共に、この『自転車クエスト2/マウンテンバイク式生活』も終わる。ご愛読、お疲れさまでした。次回からは、のんきな日本語練習帖『テキストドリル』へと戻る。
(*注1)参考文献は、大竹雅一氏によるこの文章。これを読んで、帰国後ずっと悩んでいたモヤモヤを、やっと言葉にすることができた。
(*注2)“ティ!”の部分は裏声で発音する。ネタ元は、ア・スパイク・リー・ジョイント、映画『スクールデイズ』(1988)。